令和8年熊本地震における断層近傍3観測点の強震記録と永久変位 KMMH14(豊野)・KMM012(八代)・KMM013(田浦)の加速度・加速度応答スペクトル・速度・変位

株式会社IABC 地震・津波研究室
対象地震: 令和8年(2026年)7月28日16時27分 熊本県熊本地方 M7.1(最大震度7)/ 使用記録: 防災科学技術研究所 K-NET・KiK-net/2026年8月4日
要旨 令和8年熊本地震について、日奈久断層帯のごく近傍に位置する3観測点の強震記録を 対象に、加速度・加速度応答スペクトル、および加速度記録の積分(速度は1回積分、変位は2回積分)により 求めた速度・変位を検討した。積分の際、永久変位を再現するように基線補正を適用した。 その結果、(1) 水平永久変位の断層平行成分が活断層トレースを挟んで符号を反転し、 強震記録のみから右横ずれ断層の変位場を明瞭に示し得た。また、(2) 断層面の直上に位置する 観測点でのみ、鉛直永久変位に明瞭な沈降が生じており、 本震源断層が正断層成分を伴う可能性が考えられる。

1. はじめに

強震動によって構造物が受ける影響は、一般に最大加速度や加速度応答スペクトルによって 評価される。一方、断層のごく近傍では、地盤そのものに恒久的な変位(永久変位)が生じ、 橋梁基礎・埋設管・護岸などに振動とは異なる静的な作用をもたらす。

永久変位は加速度記録を2回積分すれば原理的に得られるが、加速度の基線にわずかな誤差が 残ると変位が時間の2乗で発散するため、通常の強震動処理ではハイパスフィルタによって 長周期成分とともに永久変位も除去される。本検討では、 永久変位を保存したまま基線の誤差を除去する2段階基線補正(Iwan ほか, 1985; Boore, 2001)を 適用し、日奈久断層帯の活断層トレースおよび震源断層面の直上または近傍に位置する3観測点(KMMH14 豊野・KMM012 八代・KMM013 田浦)について、 加速度から永久変位までを一貫して整理した。基線補正の詳細は参考文献に示す。

2. 対象観測点

図1 対象3観測点の位置と水平永久変位ベクトル(水色矢印・誇張表示)
3観測点の位置と水平永久変位ベクトル
黄色破線: 日奈久断層帯(日奈久区間)の活断層トレース、紫矩形: 同区間の断層面地表投影、★: 震央。トレース北西側の八代は北東へ、南東側の豊野・田浦は南西〜南南東へ変位し、 断層を挟んで向きが反転している。(背景: Google Earth、断層データ: 地震調査研究推進本部)
表1 対象観測点の諸元(震央距離は気象庁による精査震源 北緯32度37.5分・東経130度40.7分から算出)
観測点観測網所在緯度経度 標高震度震央距離
KMMH14 豊野KiK-net宇城市豊野町32.6345 130.752170 m6強7.0 km
KMM012 八代K-NET八代市32.5099 130.59082 m6弱15.2 km
KMM013 田浦K-NET葦北郡芦北町32.3644 130.50896 m6弱33.0 km

3. 観測記録

3.1 KMMH14 豊野 — 断層面の地表投影の上端付近

KiK-net/宇城市豊野町/震度6強/震央距離7.0 km(3観測点中最短)/ 日奈久区間トレースの南東1.3 km
図2 KMMH14(豊野) 加速度と加速度応答スペクトル(5%減衰)
KMMH14 加速度と加速度応答スペクトル
左: 加速度波形、右: 加速度応答スペクトル。細線は道路橋示方書のレベル2地震動(タイプII)設計スペクトル。

最大加速度は上下841 gal、東西723 gal、南北607 galであり、 上下動が水平動を上回るという震源近傍に特有の性状を示す。 加速度応答スペクトルの最大値は東西2807 gal(周期0.65秒)、南北2196 gal(周期0.52秒)である。 日奈久断層面の地表投影の上端位置に近い本観測点の記録は、 道路橋示方書のレベル2地震動(タイプII)の設計スペクトルと同程度の水準にある。

図3 KMMH14(豊野) 速度と変位
KMMH14 速度と変位
左: 速度波形、右: 変位波形。

変位は20秒過ぎに南へ54.5 cm振れたのち、南北−30.3 cm・東西−20.7 cm・上下−3.7 cm、 すなわち南西方向へ水平36.7 cmずれた位置で静止する。これが永久変位である。 なお、同観測点の地中(深さ110 m)の記録に同一の処理を適用すると 南北−27.8 cm・東西−22.0 cm(水平35.4 cm)が得られ、 独立した2組のセンサによる結果が水平成分で2 cm以内で一致する。

3.2 KMM012 八代 — 断層面の直上

K-NET/八代市/震度6弱/震央距離15.2 km/ 日奈久区間トレースの北西2.9 km(断層面の地表投影の内側)
図4 KMM012(八代) 加速度と加速度応答スペクトル(5%減衰)
KMM012 加速度と加速度応答スペクトル
左: 加速度波形、右: 加速度応答スペクトル。細線は道路橋示方書のレベル2地震動(タイプII)設計スペクトル。

最大加速度は東西350 gal、南北310 gal、上下302 galであり、3観測点の中で最も小さい。 日奈久断層面の直上に位置する本観測点の記録は、軟弱地盤上で波形が長周期化した 影響によるものと考えられる。最大加速度はそれほど大きくないものの、周期4秒程度まで 長周期化しており、地盤の非線形応答や液状化の可能性も考えられる。いずれにせよ、 高架橋・鉄塔・煙突などの長周期構造物に与える影響は、かなり大きいと考えられる。

図5 KMM012(八代) 速度と変位
KMM012 速度と変位
左: 速度波形、右: 変位波形。

東西成分は23秒で90 cmまで振れたのち+55.6 cm(東)に落ち着き、南北+29.6 cm(北)、 上下−20.6 cm(沈降)となる。水平の永久変位は63.0 cmで3観測点中最大である。 地震前(15秒以前)が水平を保ち、40秒以降が一定値に収束していることは、 基線補正が適切に機能していることを示す。

3.3 KMM013 田浦 — 断層の南西端付近

K-NET/葦北郡芦北町/震度6弱/震央距離33.0 km(3観測点中最長)/ 日奈久区間トレースの南東0.2 km
図6 KMM013(田浦) 加速度と加速度応答スペクトル(5%減衰)
KMM013 加速度と加速度応答スペクトル
左: 加速度波形、右: 加速度応答スペクトル。細線は道路橋示方書のレベル2地震動(タイプII)設計スペクトル。

東西成分に28.55秒で−827 galという3観測点の水平成分で最大の加速度が現れる。 ただしこれは幅の狭い単一のパルスであり、加速度応答スペクトルの最大値は 東西1189 gal(周期0.07秒)と極端に短周期側にある。 構造物への影響が大きい周期0.3〜1.5秒の帯域では設計スペクトルを大きく下回る。 日奈久断層の先端付近に位置する本観測点の記録では、断層本体の破壊が当該地点まで 及んでいない可能性も考えられ、地震動の加速度応答スペクトルは比較的小さい。

図7 KMM013(田浦) 速度と変位
KMM013 速度と変位
左: 速度波形、右: 変位波形。

最大加速度が3観測点で最大であったにもかかわらず、永久変位は 南北−11.9 cm・東西+4.1 cm・上下−3.7 cm、水平12.6 cmで3観測点中最小である。

4. 考察

表2 最大値および永久変位の一覧(各図の印字値による)
観測点成分最大加速度
(gal)
最大速度
(kine)
最大変位
(cm)
永久変位
(cm)
KMMH14
豊野
震度6強
NS607 70.354.5−30.3
EW723 91.333.0−20.7
UD841 42.35.5−3.7
KMM012
八代
震度6弱
NS310 93.234.1+29.6
EW350 99.389.9+55.6
UD302 27.625.9−20.6
KMM013
田浦
震度6弱
NS569 28.614.7−11.9
EW827 29.617.6+4.1
UD217 13.89.4−3.7

4.1 最大加速度と永久変位の対応

表2に示すとおり、水平最大加速度の大小の順位と永久変位の大小の順位は逆転する。 田浦は水平最大加速度827 galで3観測点中最大であるが永久変位は12.6 cmで最小であり、 八代は水平最大加速度350 galで最小であるが永久変位は63.0 cmで最大である。 八代と田浦の震度はいずれも6弱で等しいが、地盤が最終的に変位した量には約5倍の差がある。

最大加速度は短周期の振動の激しさを表す量であり、永久変位は断層のずれそのものを表す量で あって、両者は本来異なる物理量である。田浦の827 galは28.55秒に現れる幅の狭い単一パルスで あり、応答スペクトルの最大値も周期0.07秒と極端に短周期側にあって、 構造物を大きく加振するエネルギーを持たない。これに対し八代では、加速度は小さいものの 加速度応答スペクトルのピークが東西成分で周期0.61秒とやや長周期側にあり、 さらに速度波形の主要動は周期2〜3秒程度と長いため、 最大速度99 kine・最大変位90 cmに達している。

実務上の含意 断層近傍においては、最大加速度や震度が同等であっても、 地盤・埋設管・護岸・橋梁基礎などが受ける地盤変位の作用は大きく異なりうる。 振動指標に加え、永久変位を別途評価する必要がある。

4.2 断層を挟む水平変位の反転

表3 水平永久変位の断層走向方向(N43.9°E)への分解(北から南の順)
観測点トレースとの
位置関係
水平
永久変位
方向 断層平行成分
(+北東 / −南西)
断層直交成分
(+南東)
KMMH14 豊野南東側 1.3 km36.7 cm南西(S34°W) −36.2 cm+6.1 cm
KMM012 八代北西側 2.9 km63.0 cm北東(N62°E) +59.9 cm+19.6 cm
KMM013 田浦南東側 0.2 km12.6 cm南南東(S19°E) −5.7 cm+11.2 cm

水平永久変位を断層の走向方向(N43.9°E)に分解すると、トレースの北西側に位置する八代が 北東へ+59.9 cm、南東側に位置する豊野が南西へ−36.2 cm、田浦が南西へ−5.7 cmとなり、 断層を挟んで断層平行成分の符号が反転する。これは右横ずれ断層の変位場と一致する。 日奈久断層帯が右横ずれを主とする断層であることは長期評価において示されているが、 本検討はそれを強震記録の積分のみから直接示したことになる。

なお、田浦の断層平行成分が−5.7 cmと小さい点も整合的である。断層を挟んで符号が反転する ということは、トレースの直上では値がゼロに近づくことを意味する。田浦はトレースから わずか0.2 kmの位置、すなわちその反転の境界上にあたる。実際、田浦では断層直交成分(南東へ11.2 cm)の方が大きい。

4.3 上下変位

上下の永久変位は、八代が−20.6 cm(沈降)と明瞭であるのに対し、豊野・田浦はいずれも−3.7 cmにとどまる。3観測点のうち八代のみが断層面の地表投影の内側、すなわち 断層面の直上に位置しており(図1)、豊野・田浦はトレースの南東側で 地下に伸びる断層面の外側にあたる。この位置関係が沈降の有無として現れたものと考えられる。 北西に傾斜する断層面の上盤側で沈降が生じるという変位のセンスは、 本震源断層が右横ずれに正断層成分を伴うことを示しており、 日奈久断層帯の長期評価とも整合する。

4.4 設計スペクトルとの関係および長周期構造物への影響

3観測点のうち、道路橋示方書のレベル2地震動(タイプII)の設計スペクトルと 同等以上の水準に達したのは豊野のみである。八代と田浦は、構造物への影響が大きい 短〜中周期帯では設計スペクトルを下回る。

ただし、設計スペクトルを下回った八代においては、水平方向・上下方向とも永久変位が3観測点中最大となり、地盤の大きな変動が確認された。さらに八代では軟弱地盤の影響により 波形の長周期化が顕著であり、水平成分の周期は4秒まで達している。同地区では煙突の倒壊が 報告されており、高架橋・鉄塔・煙突などの長周期構造物への影響が示唆される。

設計スペクトルは構造物が受ける振動の強さを表す指標であって、地盤自体の変位量を 表すものではない。断層近傍の施設については、短周期の振動・長周期の振動・地盤の 永久変位の3者を分けて評価した上で、統合的に検討する必要があると考える。

5. 使用データおよび解析条件

5.1 強震記録

観測点使用ファイル設置サンプリング 記録長
KMMH14 豊野KMMH142607281627.NS2 / EW2 / UD2
(地中: 同 NS1 / EW1 / UD1 — 3.1節の照合に使用)
地表
(地中は深さ110 m)
100 Hz300 秒
KMM012 八代KMM0122607281627.NS / EW / UD地表 100 Hz300 秒
KMM013 田浦KMM0132607281627.NS / EW / UD地表 100 Hz300 秒

いずれも防災科学技術研究所の強震観測網(K-NET・KiK-net)が公開する 本震(2026年7月28日16時27分)の記録である。KiK-netではファイル名末尾「2」が地表、 「1」が地中の記録を表す。

5.2 解析条件

地震前の平均除去記録先頭10秒間の平均
積分区間記録先頭から120秒(図の表示範囲は10〜100秒)
基線補正2段階基線補正(Iwan ほか, 1985; Boore, 2001)。
数値積分線形加速度法
永久変位の読み取り60秒以降の平均値
加速度応答スペクトル減衰定数5%、周期0.02〜10秒
比較用設計スペクトル道路橋示方書 レベル2地震動 タイプII(I種・II種・III種地盤)
解析プログラム自作のFortranプログラム(強震記録の読み込み・基線補正・積分・応答スペクトル計算)

5.3 位置および断層に関するデータ

6. 参考文献

  1. 防災科学技術研究所: 強震観測網 K-NET・KiK-net, https://www.kyoshin.bosai.go.jp/
  2. 地震調査研究推進本部: 日奈久断層帯の長期評価/地震ハザードステーション J-SHIS, https://www.j-shis.bosai.go.jp/
  3. 気象庁: 震度データベース検索・地震情報
  4. 日本道路協会: 道路橋示方書・同解説 V 耐震設計編
  5. Iwan, W. D., M. A. Moser and C.-Y. Peng (1985): Some observations on strong-motion earthquake measurement using a digital accelerograph, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.75, No.5, pp.1225-1246.
  6. Boore, D. M. (2001): Effect of baseline corrections on displacements and response spectra for several recordings of the 1999 Chi-Chi, Taiwan, earthquake, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.91, No.5, pp.1199-1211.