地震・津波研究室ブログ

熊本の地下で続く「応力のリレー」
— 日奈久断層帯の割れ残りを測る

2026年7月の熊本地震(M7.1)。実は、断層帯はまだ半分しか壊れていません。

日奈久断層帯のイメージ。北東側は破壊済み、南西側の地下に力がたまっている概念図
イメージ(概念図であり、実際の地図・評価ではありません)

2026年7月28日の熊本地震(M7.1)は、日奈久(ひなぐ)断層帯を約38kmにわたって壊しました。 しかし、この断層帯の全長は約98km。南西側の約50kmは「割れ残り」のままです。 当社は独自の断層モデルを用いて、この割れ残りにどれだけの力が加わったのかを計算しました。 見えてきたのは、10年前の2016年から続く「応力のリレー」の姿です。

1. 今回壊れたのは、断層帯の半分だけ

強震計・GNSS・衛星SARの観測データから、断層面のどこがどれだけすべったかを求めると、 すべりは断層の北東半分に集中し、北東端から約38kmの地点でぴたりと止まっていました。 氷川町では地表に最大184cmの右横ずれが現れましたが、それより南西の区間はほとんど動いていません。

断層面のすべり分布
断層面を平らに開いた図。色が濃いほど大きくすべった場所(最大3.2m)。 ★が破壊の始まった点。すべりは北東側(図の左半分)に集中している。

国の地震調査研究推進本部は日奈久断層帯を3つの区間に分けて評価しています。今回の破壊を重ねると:

区間長さ今回の状況単独で動いた場合の想定
高野-白旗区間約20kmほぼ全部が破壊M6.8程度
日奈久区間約46km北東側だけ破壊。南西は残るM7.5程度
八代海区間(海域)約34kmまったく破壊されていないM7.3程度(津波の可能性も)

2. 最大級の余震は、割れ残りの上で起きていた

注目すべきは余震です。2番目に大きな余震(Mw5.7)は本震のわずか41分後、 3番目(Mw5.4)は翌日に起きましたが、その場所はどちらも 本震がほとんどすべらなかった南西側でした。

すべり分布と余震
上段:断層に沿ったすべり量。中段:大きな余震の位置。下段:余震の数。 赤い帯が「今回すべらなかった範囲」。余震はすべりが止まった直後の場所でむしろ最多になる。

「大きくすべった場所は力を出し切り、破壊が止まった端に力が集まる」—— 地震学の教科書どおりの構図です。ではその「力」は、実際どれくらいだったのでしょうか。

3. 割れ残りにかかった力を、数字にする

地震が起きると、周囲の断層にかかる力が変わります。これをクーロン応力変化(ΔCFF) と呼び、プラスなら「次の地震を起こしやすくなった」ことを意味します。 経験的に、0.01MPa(メガパスカル)を超えると地震の誘発が観測されることが知られています。

割れ残り面上のクーロン応力変化
割れ残りの断層面が今回の地震から受けた力。色が濃いほど「すべりやすくなった」。 ★は最大級の余震。評価した範囲の全域がプラスだった。
場所受けた力 ΔCFF誘発の目安との比
破壊が止まった直後の区間数MPa数百倍
Mw5.7 の余震が起きた場所+0.41 MPa約40倍
Mw5.4 の余震が起きた場所+0.15 MPa約15倍
八代海区間(面平均)+0.09 MPa(2016年分含む)約9倍

最大級の余震は2つとも、誘発の目安を大きく超える力を受けた場所で起きていました。 「割れ残りに応力が集中した」は、もう推測ではなく計算で確かめられた事実です。

4. 実はこのリレーは、10年前から始まっていた

同じ計算を10年巻き戻してみます。2016年4月の熊本地震(M7.3)は、 布田川断層帯と日奈久断層帯の北部を壊しました。当時の断層モデルを使って計算すると、 2016年の地震は今回2026年に壊れた場所に +0.38 MPa—— 誘発の目安の約40倍——を渡していたことがわかりました。

応力のリレー
応力のリレー。2016年の破壊(上段)が2026年の破壊域(中段)に力を渡し、 2026年の破壊が今度は南西の割れ残り(下段・色は蓄積した力)にバトンを渡している。
リレーの区間渡された力発生までの時間
2016年 前震(M6.5)→ 本震(M7.3)28時間
2016年 M7.3 → 2026年 M7.1+0.38 MPa10.3年
2026年 M7.1 → 余震 Mw5.7+0.41 MPa41分
2016年 M7.3 → 八代海区間+0.02 MPa未発生(10年以上)

偶然でしょうか? この断層の平均活動間隔は数千年です。2016年と無関係に、 たまたまその直後の10年間に起きる確率は1%未満。 2016年の地震直後には、研究者が応力計算から「日奈久断層帯の未破壊区間が活発化する」と 指摘していました。10年後、まさにその場所でM7.1——事前の予測が的中した形です。

5. では、次はいつ? — 分かること・分からないこと

上の表をもう一度見てください。ほぼ同じ力(+0.4 MPa)を受けて、 41分で壊れた場所と、10.3年かかった場所があります。 発生までの時間を決めるのは「その断層がもともと限界にどれだけ近かったか」で、 これは地中の話なので観測できません。だから「何年何月に起きる」は、誰にも言えません。

それでも、今回の計算で言えるようになったことがあります。

問いこれまで今回の分析
割れ残りに力は加わったか「集中したはず」+0.2〜0.5 MPa(目安の15〜40倍)
2016年とのつながり状況証拠のみ+0.38 MPaの伝達を計算で確認
今後30年の起きやすさ最大6%(国の評価)それより高い可能性
高い状態はいつまで不明数年〜数十年の窓。以後減衰
「いつ」起きるか分からない分からない(原理的な限界)

※ 地震の起きやすさの変化を確率に換算する標準的な理論(レート・状態依存摩擦)による当社の試算で、 数倍の幅をもつ目安です。国の地震調査委員会の正式な評価が出れば、そちらが優先されます。

誤解のないように

6. まとめ — 備えは「いつか」ではなく「いま」

医師は心筋梗塞の日付を言えません。それでも「血管の狭窄率」と「リスクが何倍か」まで 測れたなら、対策を今始める理由としては十分です。今回の分析が示したのは、その種の数字です。

当社では引き続き、割れ残り直上の余震活動の推移を注視するとともに、 八代海区間が動いた場合の強震動・津波のシミュレーションを進めています。 続報はこのブログでお伝えします。

参考にしたデータ・文献

観測データ:防災科学技術研究所(K-NET/KiK-net・F-net)、国土地理院(GNSS・SAR)、 気象庁(震源カタログ)、産業技術総合研究所(地表地震断層の現地調査)。 断層の区間評価は地震調査研究推進本部 「布田川断層帯・日奈久断層帯の長期評価」による。
主な理論・手法:Okada (1992)(静的変位・歪みの計算)、 King, Stein and Lin (1994)(クーロン応力変化と地震の誘発)、 Dieterich (1994)(応力変化の確率への換算)。 すべり分布の推定と応力計算は当社独自の解析。